■最遊記■

□風よ、君へ。
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ほんの数分前まで動き回っていた小さな体は、今やじっと動きを止め、まるで辺りに立ち尽くす大きな紅葉の樹のようだ。
風になぜられる栗色の髪に。
時折悟空の頬に触れながら、それはさらさらとなびいた。
あまりにも極端な彼の動き。
きっと、何時間見ていても飽きはないのだろう。

「…」

「早く俺んとこにも来ないかなぁー」

期待の笑みを浮かべて、じっと動きを止めた悟空。
その姿に、小さく鳴く鼓動。
とくん、と。
体の真ん中で、熱い温度が身体全身に凪がれていった。

「…悟空…」

「んー?」

思わず、唇が動く。
動いた鼓動が押し出すように言葉が唇を放った。

「悟空…目、閉じてみろ」

「目?」

三蔵の言葉に、悟空は不思議そうな顔をした。
三蔵は少しだけ言葉を置く。
それでも悟空は、素直に三蔵の言葉に従った。
ゆっくりと目蓋を沈ませて、黄金色の大きな瞳をそっと隠した。
閉ざされた金色の瞳に、三蔵の視線は落とされる。
揺れる栗色の髪。
赤い景色の中で、瞳を閉じた小さな身体。
まるで、何処かの国の絵描きが、心を込めて絵の具を置いた壁画の様だ。

「まだなかー」

「…まだ、もう少しだ」

「わかった」

桃色のように小さな唇が元気に返事を返した。
笑顔が零れた。

「っ…」

三蔵は、目の前の小さな身体の正面で膝を付いた。
膝を付き、身体を前傾させてやっと同じなる目線。
こんなに自分の心を奪っているのに、本当に少年の身体。
心臓が、蹴飛ばしたように高鳴った。

風が吹く。

赤い枯葉が、目の前を凪がれていった。

儚く流れ行く季節の中で、こんなにも純粋なものを見る。

加速する鼓動が、やけに耳障り。

三蔵は、包み込むように悟空の小さな後頭部に手のひらをそっと置いた。
その手には、先程自分の肩に偶然舞い降りた赤い枯葉を、悟空に悟られぬ様に隠して。
三蔵自身も、紫暗の瞳をそっと閉じる。
深海のような漆黒の目蓋の裏側。
瞼を通してもかすかに見える微かな光は、空に浮かぶ太陽のせなのか、それも赤い枯葉が作り出す命なのか、瞳をつぶった三蔵には分からない。
ゆっくりと、三蔵は頭を動かす。
そして、目の前の小さな桃色の唇に、自分の唇を寄せた。
柔らかく、重なる唇。
瞳を閉じてしまうのが勿体ないと思う、この時。
ちゅっと音をたてる、小さな小さな幼い口付け。
重なり合った唇は、一瞬で離れていった。
名残惜しげ、三蔵は唇を離す。
自分の唇に残る、暖かな感触。
きっと、この世界のどんなものよりも、やわらかくて、愛しい。
悟空と唇を離すのと同時に、三蔵は瞳を開く。
それと同時に飛び込んでくる、驚いたような悟空の表情。
三蔵の大きな手の平は、まだ悟空の後頭部に添えられたまま。
すぐ近くで、秋の乾いた空気を伝わって響くお互いの鼓動。
強く閉じていた瞳を大きく開き、金色の瞳を揺らせていた。
今まで自分の唇で塞いでいた悟空のそこは、今は薄らと開き、何か言いたげな様子だ。

「…へ?」

飛び出たのは間抜けな一言。
驚いた表情にまさにぴったりのそれ。
間抜けな主人公のストーリーの、漫画に吹き出しを付けるとしたら、まさにぴったりのその台詞。
言霊が目に見えるものだとしたら、悟空の言葉の語尾にはオレンジ色のハテナマークが付いていただろう。

「…今の…口に触ったの…なに?」

金色の瞳をくるくると驚きのラインで枠取りながら、悟空はきょとんとした表情でそう言った。
三蔵は、小さく一つ呼吸をしてから、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
揺らがないように、戸惑わないように。

「…枯葉」

悟空の後頭部に添えられた手の平をゆっくりと外しながらそう呟くように言った。
悟空の小さな頭から離れた三蔵の手の平には、鮮やかな赤い枯葉が乗っていた。
それを悟空の視線の目の前に持っていってやると、悟空はまるで大きな花を咲かせたようにぱぁっと笑顔を浮かべた。
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