■最遊記■

□風よ、君へ。
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常に真っすぐ。
常に一直線。
正に猪突猛進。
真っすぐすぎて、一途すぎて、すぐに小さく躓く。
心底、悟空を羨ましいと思う瞬間。
自分にないからこそ、三蔵は悟空に引かれて行く。
自分にない無垢な部分を、あの小さな体に求める。
また、風が吹き抜けて秋の空気を揺らした。

「まだ掴まんねぇのか」

「だってー、こいつら俺の手から逃げてくんだぜー」

悟空の背中に言葉を浴びせると、悟空は小さな頭をくるりと捻り、大きな金色の瞳に涙を浮かべて言葉を返した。
黄金色の瞳の奥深くに、散りばめられた透明の砕けた涙の欠片。
それを見た瞬間、胸の奥が、ぐっと掴まれたように熱くなる。
焼け爛れてしまったように、鼓動が加速した。
紅い樹の間から微かに差し込む日の光が急激に眩しく感じる。
思わず瞳を細める。
悟空が、黙った三蔵のそんな様子に首を傾げる。
大きな瞳をくるっと揺らして、悟空は不思議そうに三蔵を見つめた。

「…力が、強すぎるんだよお前は…」

「ちから?」

「葉が、四方に飛んじまってるじゃねぇか」に

「んな事言ったってー」

不自然な様子を悟空に悟られそうな気がして、ゆっくりと搾りだすように言葉を吐き出す。
無理矢理ひっぱりだした平常心で、ありったけの壁を作り出す。
平気な顔してるのも、中々労を要する。
ゆっくりと、煙草を吸う。
高鳴る心臓を落ち着かせて、もうそう長さの無い煙草の最後の一息を味わう。
ふうっと一息、紫煙をはきだすと、三蔵は木の葉が折り重なっている地面を軽く踏み、悟空の方へと足を踏み出した。
かさかさと鳴く乾いた音が、折り返すさざ波の様。

「ったく…」

絶え間なく。
辺り一面を染める赤。
ゆっくりと悟空へと近づいて行く。

「そんなにぶんぶん腕振り回さなくたって…」

「あ」

そう言い掛けた時、三蔵の白い法依を纏った肩に、一枚の赤い葉が落ちた。
悟空も、思わず小さく声を漏らす。
悟空があんなにも両手を広げ、必死に苦労していたのち掴めなかった赤い枯葉は、いとも簡単に三蔵のもとに流れ着いた。
真っ白の新雪のような法依に辿り着いた赤い色は、お互いを高め合うように鮮やかに栄えた。

「三蔵ずりー」

「ずるくはねぇだろ」

「俺頑張ったのにー」

栗色の長い髪を左右に揺らしながら、悟空は不満げに頬を膨らました。
三蔵は呆れ顔で少しばかり眉を潜めながらも、ぷうと膨らんだ子供特有の和かな頬に視線を奪われる。
まったく、自分もいよいよ末期だなと思う。
相手の仕草ひとつで、こんなにも心が揺れる事がかつて自分の人生の道程に存在しただろうか。
三蔵はひとりそんな事を考えながら、つい最近八戒に強引に持たされた携帯用の灰皿を懐から取り出すと、そこにもう随分小さくなった煙草を押しつけた。
燈を消すことになんの抵抗もないように、ゆらりと細く頼リなさげな煙を一筋流した後、それはゆっくりと姿を消した。
止めていた悟空に近づく歩を再開させる。
カサカサと乾いた音をたてる赤い枯葉の絨毯。
悟空は今だに、不満げな表情のままで三蔵を見つめている。
正確には、『三蔵の肩に乗った枯葉』かも知れないが。
三蔵は悟空の目の前に立つと、木の葉の赤と、透明な空の青が交じり合う高い場所を瞳に映した。
深い紫暗の瞳に浮かぶようにたゆたう秋の景色。
自分の吐き出した幾重もの煙草の香はどこに消えていったのか、三蔵にはまるで検討のつかない事だ。
三蔵はゆっくりと悟空に視線を戻す。

「じっとしてりゃ、その内落ちてくる」

「本当っ?」

三蔵の言葉に、悟空の表情がぱぁっと明るくなった。
栗色の長い髪を揺らしながら、本当に?本当に?と繰り返し聞いてくる。
それに三蔵は『ああ』と何度も答えてやった。
大きく開いた金色の瞳には、やはり笑顔が一番よく映えるなと三蔵は思った。

「嘘じゃねぇから、いいからそこでじっとしてみろ」

「わかった」

三蔵の言葉に、悟空は両手をびしっと力をいれると、そのまま水平に両腕を伸ばし、力一杯体側に張りつけた。
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