■最遊記■

□風よ、君へ。
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その小さな身体を愛しいと思うようになったのはいつの頃だっただろうか。
その小さな唇に触れてみたいと思ったのはいつのころだったろうか。
その零れそうな笑顔を独り占めしたいと願い始めたのはいつの頃だろうか。

俺が、アイツに対してこんな気持ちを持つようになったのは、いつの頃だったろうか。

風が吹く。
秋が流れる。
ひらひらと流れるように舞い落ちる紅い木の葉。
必死に手を伸ばす。
指先から擦り抜ける秋の欠片。
高い空は蒼くも紅く、流れる風は時折強く。
吹き抜けて、さらさらと抜ける栗色の髪。
まとめた白いリボンが瞬く。

「何してんだ」

「秋を捕まえようとしてんの」

紅く紅く。
秋の空。
高い雲。
透明の秋風が辺りを吹き抜ければ、頬を撫ぜる風の冷たさにもうすぐやってくる冬を見る。
透き通る秋風が少し冷たいから、染まった木の葉は漣のように。
広がる空は海の様に底無しで。
それでも蒼くはないのは、あの空に浮かぶ夕陽の仕業。
落ち行く枯葉と、流れ行く季節。
大きな大きな夕陽が、まだ名残惜しげに世界を染める。
風が吹けば、時がまた揺れ動いた。
紅く、紅く染まった木の葉がまた一枚舞い降りた。
染まり、揺れる紅い葉に手を延ばすお前の背中があまりにも小さかったから、俺はそんなぶっきらぼうな言葉をかけた。


風よ、君へ。




伸びた栗色の髪を、ひとつにまとめた、小さな少年の後ろ姿。
大きな樹から、風に吹かれて、絶え間なく零れ落ちる紅い木の葉に、細い腕を必死に延ばすその姿に、三蔵は思わず溜め息を漏らしてしまう。
だが、溜め息を漏らしながらも、そんな必死な悟空を可愛いと思ってしまうのは、きっとこの気持ちのせい。
胸の奥底で、日々温かみを帯ながら慈しまれて行く想い。
まだ、三蔵以外誰も知りもしない本音。
こんなガキ相手に、こんな気持ちを抱くなんてと自嘲しながら、三蔵は指先で持て余していた煙草をゆっくりと唇にくわえ直した。
秋の高い空に、ゆらゆらと長細い紫煙が吸い込まれていった。
小さな少年、悟空は、溜め息を漏らす三蔵の事など梅雨知らず、尚も両手を舞落ちる木の葉に向けていた。
紅い木の葉に、必死に手のひらを延ばす姿。
しばらくその姿を見て、やっと悟空がしたいのであろう事がわかる。
あの動きの意味の行く末をひとり静かに理解した。
彼は『秋』の欠けらを捕まえようとしていた。
過ぎ行く、姿の無い秋の断片を掴む様に、舞い落ちる木の葉を捕まえようとしているのだ。
三蔵は少し笑う。

「ちっくしょー」

栗色の髪を揺らしながら、悟空は悔しそうに高い樹を見つめた。
はらはらと尚も落ちてくる紅い葉。
一枚、一枚を睨みながら、その茜色を全身で浴びる。
三蔵の視線も、すべて悟空に注がれ、知らぬ間に全身で浴びていた。
満ちる世界を、隙間なく紅く己の色で染め上げ、そしてそれに満足したように散って行く。
紅い葉は静かに地面に落ち、広い床になってゆく。
強い引力で引き寄せられる赤。
乾いた地面に抱き寄せられる、季節の色。
ただ、その中でぴょんと跳ね上がる少年。
それはまるで跳ね馬のように絶え間なく。
三蔵の視線と共に沸き上がるのは淡いような恋心。
それは、高い秋空に吸い込まれそうで、でも何よりも鮮明。
悟空は背伸びをするように、腕を肩から大きく動かす。
悟空の持つ身体能力なら、落ちてくる木の葉の動きを見る動態視力も、それに反応する敏捷性も問題ないはずなのだが、どうやら彼の持つ大きな力により腕を振り上げた時に生まれる強い空気の風によって、あと少しという場面で木の葉が指先から霞めていってしまうようだった。
力がありすぎるのも、中々面倒なものだ。
生まれたての強い突風にも似た風で、軽い木の葉はいとも簡単にそのみを翻した。

「あれじゃいつまでやっても捕まんねぇな…」

ふわりと、細い紫煙を空に帰しながら三蔵は呟く。
こおやって、悟空の一生懸命な姿をずっと見ているのも悪くないと思う。
寧ろ、何時間見ていてもきっと飽きは無いだろうと思った程。
しかし、このまま放っておけばきっと悟空は何時間でもあの行動に取り組んでしまうだろう。
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