■最遊記■

□スキマカゼ
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悟浄の家に来た。
やたらと高いマンションの一角。
青い空の中で、両足を付いて立っている様な白い壁のマンション。
部屋に来たら、悟浄が馬鹿みてぇに笑って、俺の事を抱きしめたら、その胸を押し返してやった。
アイツは、そんな俺を『可愛い』と言った。
違う。
アイツが、『遊びに来い』とあんまりシツコク言うから、悟浄の家に来たんだ。
俺が来たかった訳じゃない、アイツが言ったからだ。
そう言ったら、八戒が俺の事を少し笑ったから、俺は悔しいと思った。
見透かされた様で、足の裏が少しむず痒くなった。
顔が、紅くなる気がして、自分も馬鹿だと思った。
馬鹿になるくらい、アイツを好きなんだと思った。
頭に来たから、悟浄をパシッてやろうと思った。

スキマカゼ

八戒は、用事があると出かけていった。
俺は、悟浄と部屋の中に二人きりになった。
家の中に、悟浄の鼻歌がやけに浮かれているように響いた。
どんだけ馬鹿なんだと、毎回思わされる。

「コーヒーでいいよな?」

リビングのソファに腰掛けた三蔵に、悟浄がそう声を掛けてきた。
悟浄の声は、尚もどこか楽しげ。
聞こえる鼻歌は、何の曲だかは知らない。

「ああ」

三蔵がそう返事をすると、悟浄は小さく『待ってて』と言い、そのままキッチンの奥へと消えていった。
鼻歌が、少し遠い場所に聞こえた。
ふと、三蔵が部屋の隅に視線を置くと、突然視界に飛び込んできた銀色の鳥篭。
その中で、まるで作り物の様に、ちょこんと大人しく座り込んだ、黄色い鳥。
一瞬、本当に作り物かと思ったがよく目を凝らしてみていると、その黒い小さな瞳が僅かに動いた。
生きている確信を持った。

「悟浄、これ・・何だ」

キッチンにいる悟浄に届くような声で、質問を投げた。
鼻歌が一瞬止まる。

「友達に頼まれて、明日まで預かってんの」

カチャカチャという音に混じって、まだ悟浄の台詞は続いた。
カップの音は、時折まるで硝子細工のように繊細で高い音がなる。
割と、嫌いじゃない。
悟浄の声も、もちろん嫌いじゃない。
言葉が続く。

「九官鳥だぜー、」

どこか楽しそうにそう言った。
三蔵も、ものめずらしそうに、その鳥篭に膝を進めた。
鮮やかな黄色い黄色い九官鳥は、くちばしをカチカチと鳴らしながら、黒い瞳を三蔵に向けた。
すると、鳴らしていただけのくちばしを微かに動かした。

『サー、サーンゾー』

何故か、九官鳥はそう言った。
歌うように、何故か一言そういった。
悟浄が普段歌う鼻歌とは、まるで違うようだ。

『サーンゾー、サー』

九官鳥は、またそう歌った。
黄色い羽を左右に揺らしながら、何度もその言葉を繰り返す。
どうやら、この九官鳥を預かっている間に、悟浄が勝手に覚えさせたらしい。
勝手にそんな事していいのかと、三蔵がぼんやりと考えていると、また、九官鳥は口を開いた。

『サンゾー、スーキー、サンゾー』

まるで、いつも悟浄が言うように、九官鳥は繰り返した。
キッチンから、煎れたてのコーヒーの香りが静かに漂ってきた。
その香りに、鼻の奥をくすぐられながら、三蔵は九官鳥の言葉に耳を傾けた。

『スキー、スキー、サンゾ』

顔が紅くなっていく気がした。
ああ、だから俺は八戒にも馬鹿にされたんだろうと、少し反省なんてしてみる。
馬鹿みたいに『スキ』を繰り返す九官鳥の鳥篭を指先でつつきながら、三蔵も口を開いた。

「知ってる」

鳥篭を突くと、九官鳥はまた左右の羽を揺らした。
キッチンから浮かんでくるコーヒーの香りが、近くなる。
その香りと共に、キッチンの奥から、悟浄の楽しそうな笑い声が聞こえた気がした。
まるで、隙間風の様に、九官鳥と三蔵のいる部屋にそれは流れ込んできた。
隙間風に混じって、濃いコーヒーの香りが掻き分けるように体の中に流れ込んだ。
また、キッチンの奥から鼻歌が聞こえ始めた。
九官鳥が、また羽を瞬かせた。
三蔵は、そんな九官鳥を、紅くなった顔を隠すかのようにじっと見つめていた。
隙間風が、九官鳥の声を歌のように奏でた。

だからアイツは馬鹿なんだ。

もうすぐ悟浄が運んでくるコーヒーの香りと、悟浄の笑顔を思い浮かべながら、三蔵は九官鳥の瞳を見つめた。
案外、ひょきんな顔だった。
少し、可笑しかった。

馬鹿みたいな、幸せを思った。

スキマカゼが吹き抜ける。
平凡な毎日を、幸せだと思った。
馬鹿な、アイツを愛しいと思う。


END.

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