書庫1

□memory of summer
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それは、一夏の忘れられない物語…


俺の中学二年の夏休みは病室から始まった…

「あー…暑っ…」

外を見れば快晴、空には青空が広がっていた。

きっと、今頃はクラス連中は楽しく遊んでるんだろうなぁ…と、頭に浮かべながらベッドの上から青空を眺める。
自分の家族も、俺を置いて旅行なんかに行きやがった…

「あー……早く直らねぇーかなぁー。」

そう呟き、硬いギプスに覆われている自分の右足を眺め、溜め息を一つ。

コンコン…。
病室のドアから二回のノック。友達は大体、見舞いを済ませ、来ないだろうし、家族は旅行中。こんな時間に回診は無いから…残りは一人……

「彩乃さん?」

「ピンポーン!正解!何で分かったのー?ヒロくん。」

軽快な正解音と供に、白衣の天使とも呼ばれる職業、ナースの彩乃さんが部屋に入ってくる。
彩乃さんは俺の担当で、入院してから凄く仲良くなった。

「秘密。で?どうしたの?」

彩乃さをは「あっ」と何かを思い出し、廊下に戻った後、一人の少女を連れてきた…

「ヒロくん、この子は柏葉 柚子ちゃん。ヒロくんと同じ中学二年よ。仲良くしてあげてね?」

と、紹介された女の子は 長くサラサラな黒い髪をなびかせながら…

「か、柏葉…柚子…です。」

頬を赤く染め、俯いてしまった…

「月城 宙斗です、ヨロシク」

俺は手を差し出した。

「あ……よ、よろしく」

彼女は手を握り返してくれた。

これが…彼女、柏葉柚子との出会いだった……。


彩乃さんに柚子を紹介されてから、もう一週間が過ぎようとしていた。

柚子は毎日、俺の部屋にやってきては、くだらない話しをして帰って行く。
それが今では毎日の日課であり、楽しみになってしまった。

「え、じゃあ…柚子は転院して来たんだ?」

「うん、色々あってね、宙斗くんは、もうすぐ治るの?」

柚子はギプスを撫でる。

「どうだろ?彩乃さんに聞かないと。あ、彩乃さんって言えば…彩乃さんに彼氏居ると思う?」

「あ、それ私も思った!どうなんだろ?」

彩乃さんの恋人説に盛り上がった時、タイミング良く彩乃さんが入ってきた。

「ホントにアンタ達、仲良くなったわねぇー…」

花瓶に新しい花を生ける。
「だって、宙斗くん、楽しいんだもん。」

「ちょうど休みなんだ。ココに居ていいかしら?」

俺達は声を揃えて、モチロン。と言った。

「ねぇ、彩乃さん。聞いていい?」

「恋人なら居ないわよ。」
「…何で分かったの……?」

この人はエスパーか?
そう思ったのも束の間。
「アンタ達、声が大きいのよ。廊下まで聞こえたんだから」

なるほど…と頷く…

「作らないの?彩乃さんなら直ぐに彼氏の一人や二人…」

「もう、いいのよ。恋人は…」

寂しそうな彩乃さんの表情を見て、俺達はこれ以上深みに入るのを躊躇った…

「と、ところで、彩乃さん。宙斗くんのケガって治りそうなの?」

重い空気に耐えられないのか、場を紛らわそうと柚子は口を開いた。

「え、あ…そうね…もう二週間ってトコかな?」

「そっか…じゃあ、宙斗くんとは二週間で会えなくなるんだね…」

「いや、遊びに来るよ?どうせ暇だし…」

「ホントに!?」

柚子は今までに見た事無い笑顔で笑った。
キュン……
その笑顔を見た時、心臓が締め付けられたかの様に痛んだ…

その痛みの理由も分からないまま…二週間が過ぎ、俺はこの病院を退院した。

「よ。元気か?柚子。」

久しぶりに来てみて見慣れた病室の造りに何故か安心する。

「あ、宙斗くん。いらっしゃい。」

「元気そうだな。ホレ、アイス買ってきた。」

「わー。ありがと。」

ガサガサとコンビニの袋からソーダ味の棒付きアイスを手渡す。

「バニラじゃないのー?」
「柚子…?夏はソーダ味の季節なんだぜ?ラムネ色の夏なんだぜ?」

よく分からない理論を誇らしげに話す…

「ふーん…まぁ、ソーダ味も好きだけどね。」

そう言って柚子はアイスを食べ始めた。

「あら、宙斗くん?来てたの?」

病室のドアが開き、彩乃さんが入ってきた。

「あ、彩乃さん。こんちは。」

「ちょうど良かったわ…。一緒に来てくれるかしら…?」

なにやら深刻な話しをするんだと、表情で分かった…
彩乃さんに案内されるがまま、院長室に入る…


「い、院長室…?」

「院長先生。彼が…」

「おぉ、君か…。まぁ、座りたまえ。」

高そうな革製のソファーに座らせられる。

「遠回しに言うのは性に合わないんで、単刀直入に言わせて貰う…。」

隣で彩乃さんは浮かない顔で、俯いている…

「彼女…柏葉 柚子は……もう長く無い……」

「……っ!?」

この人は何を言っているんだ…?柚子が死ぬ?あんなに元気なんだぞ…?

「……は、ははは…何を言ってんですか?柚子は元気じゃないですか…」

「いわば…風前の灯火…なんだよ…」

風前…の、灯火…?

柚子が…死ぬ…?

「彩乃さん…嘘だよな?柚子が死ぬなんて…」

何度問いかけても…彩乃さんは黙りこくっている…

「何で…何でだよ…」

「彼女の病気は…まだ治療方法も明確で無い、病気なんだ…」

もう、そんな話し…聞きたくない…そんな一心で院長室を飛び出した…

気付けば…柚子の病室の前にいた…

「柚子…入っていいか?」
「宙斗くん?いいよー。」
何も知らないからこそ出せる陽気な声…胸の奥が痛む…

「…何、してんだ?外眺めて…」

「今日だよね?花火。私、花火は病室からでしか見たこと無いから…」

「花火……」

俺が柚子にしてあげられる事……

「柚子、ちょっと…待ってて…」

俺は院内のナースセンターを尋ねた。

「あ、彩乃さん。お願いが…あります。」

「…何?」

「柚子の…外出許可を下さい。」

幸い、彩乃さんしか周りには居なかった…

「どうして?」

「花火…柚子に花火を見せてあげたいんです。アイツ…病室からでしか花火を見た事無いって言うから…」
「…ヒロくん……。こんな事言うのは…ナースとして…人間としてダメなのかもしれない…でも…柚子ちゃんだって…死ぬなら楽しい思い出を…持って行きたいでしょ?」

彩乃さんは俺の手を握り、
「柚子ちゃんを頼むわね。ヒロくん。外出なら許可するわ」

「彩乃さん…ありがとう。」

ナースセンターの近くに停めてあった車椅子を一台持ち出し、柚子の病室へ向かった。

ガラララ。

「柚子。お待たせ。」

「宙斗くん…どうしたの?車椅子なんか…」

「乗れ。花火見に行くぞ。」

「え…?で、でも…許可とか…」

「許可なら彩乃さんに頼んできた。」

柚子はパアッっと明るい笑顔になり、車椅子に腰掛ける。

「じゃあ、行くぜ」

それからは急ぎつつも安全運転を心がけながら一番花火が見える綺麗に見えるポイントまで車椅子を押した。

「着いたぜ。ここなら花火が綺麗に見える」

しかし、柚子は黙っていた…

「どうした?具合…」

そこまで言い掛けて、さっきの話しが頭を過る……

「…具合でも、悪いのか?」
「……ううん。何で…宙斗くんは…私に優しくしてくれるのかなぁ…って…」

「……何で、かなぁ…?
初めてあった時から気になってたんだよ。」

「え…?それって…」

「多分…好き、なんだよ。」

「……っ……」

「別に、柚子の答えが聞きたいとかじゃなくて…俺の気持ちを知ってくれてれば…それでいいから…」

柚子は顔を赤くしたまま、俯いてしまった…

ドーン……

少し遠くの空で、大きな花火が打ち上がった。

「お、始まったみたいだな。」

次々に打ち上がる花火。
初めて外から見る花火に柚子は見とれ、小さな声で、『たーまやー』等と呟いていた。

段々、打ち上がるペースも落ち、終わりが近づいてきた。その時…

「柚子ちゃん!ヒロくん!」

向こうから彩乃さんが走ってくる。

「ゴメン!院長先生にバレちゃって…早く戻らないと…柚子ちゃんは私が連れて行くから、ヒロくんは帰りなさい。」

「え、あ、あぁ…」

「宙斗くん。ありがとう。」

「おぅ、」

これが…柚子との最後の会話だった……

彩乃さんと柚子が夜闇に消えて行くのを…ただ、見つめていた…

その後…俺にも色々あり、次に病院へ行ったのは夏休みの終わりだった…

いつも通り、柚子の病室のドアを開けると…
そこには柚子の姿も荷物も無く、ただ風に揺れる真っ白なカーテンが踊っているだけだった……

「ゆ…ず……?」

突然、不安に陥りナースセンターに駆け込む

「彩乃さん!居ますか?」
そう叫んだら、少し若いナースさんが「あら?聞いてないの?彩乃、辞めたわよ?」

「や、辞めた?何で?」

「詳しい事は知らないけど…柏葉さんの転院先へ付いていったみたいよ?」

転院…?

思わぬ所で柚子の名前が出た事には驚いたが、生きている事にホッとした。

「それで、転院先は?」

そう訪ねると、ナースは分からないと答えた。


それからは…為す術も無く…ただ無常にも日は過ぎて行った…


そんな…ある日…

リーン、リーン。

家の電話が鳴り響いた。

「はい?」

『あ……ヒ、ヒロく…ん?』

その声の持ち主はすぐに分かった。

「彩乃さん!?」

『あ、う、うん…久しぶり。』

「何で、病院辞めたんだよ!それに…柚子の転院だって…」

『それも含めて…お願いがあるの。』

彩乃さんのお願い…それは…柚子が転院した町に来て欲しいとの事だった…

もちろん、電話を切って直ぐに身支度を始め、今日中に家を出た。


電車に揺られる事、三時間……
彩乃さんに聞いた町に降り立った。

それから、家と道、田んぼしか無い道を歩き、一つのアパートに辿り着いた…

ピンポーン…

恐る恐るチャイムを鳴らす…静かに開いたドアの向こうには彩乃さんが立っていた。

「ヒロ……くん……。」

「彩乃さん……」

久しぶりに見る彩乃さん。しかし…

「何で…喪服なんて…」

彩乃さんの服は俗に言う喪服だった…

「……今から…お葬式だから……」

嫌な予感が…した…
背筋が凍るような…

彩乃さんに案内され、着いたのは一つの家…表札には「柏葉」と表記されていた。

「柏葉……」

挨拶も無く彩乃さんは家に上がり込む。

俺も、気が引けたが彩乃さんに付いて行く。

「ヒロくん。」

静かな彩乃さんの声…目の前の物を…疑った……

「柚子……ゆ……ず…」

そこに置いてある写真は…遺影だと…写真の柚子は無理して笑ってる事も……
俺には分かった……

「柚子……」

その場で膝を付き…遺影を見つめる…

「柚子…最後くらい…会いたかった……」

「ヒロくん…これ…」

そう言って差し出したのは一通の手紙だった。

俺は手紙を開け、目を通す…そこには、こう書かれていた…

『宙斗くんへ……
この手紙を読んでるって事は、多分私はもう居ないのでしょう。
でも、まずは…ここに来てくれて…ありがとう。そして、黙って転院してゴメンなさい…。
私、自分の命が長くないって…知ってたの。だから…宙斗くんが心配しないように転院したんだよ。
私たちは、そんな長い付き合いじゃないし…夢だと思って、新しい出会いを見つけて下さい。

最後に……ホントに…ありがとう。私も、宙斗くんの事…好きだよ。』

気が付けば、俺の目からは涙が溢れだし止まらなかった…

「夢…だって……?思える訳…無い…じゃねぇか…」
静かな部屋に擦れた俺の声だけが響いた…

「なぁ…彩乃さん…柚子は…幸せだったのかなぁ…?」

「幸せ…だったと思うよ。最後までヒロくんの事を気に掛けてた…それに…ゴメンって謝ってた。」

「…ったく…謝るなら直接謝れよな……それに…新しい出会いって…何だよ…」

俺は…多分、この先恋をしないと思う…それは柚子を忘れてしまいそうだから…

「柚子…お前の命日には毎年、ソーダ味のアイス、供えてやるからな。」


俺の一夏の恋はこうして、幕を下ろした…

シャボン玉の様に弾けて消えた…俺の恋。
でも…怪我をしなかったら…柚子にも出会えなかった。

ありがとうな…柚子…




終わり。

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