書庫 分室

□届けたい思い
1ページ/1ページ


恋をしてしまった。

彼女を見てるだけ、考えるだけで息苦しくて呼吸をするのも忘れてしまう。

何で、こんな事になってしまったんだろう?


俺は机で頬杖付いて黒板の前に立つ女性を見つめる。

「えー、では次はー」


教科書片手に文章を読み進み教室内を歩き回る。


そう、俺は先生に恋をした。

叶わぬ恋なのは分かってる。
だからこそ燃えあがるのかも知れない。


「それじゃあ今日はここまでー」

教室から去る姿を目で追う。

ただの教師なら話は簡単なのだが、現実は辛く色々と壁にぶつかってしまう。


そう、帰り道に考える。
通い慣れた道もあの人の事を考えるだけで…ただのコンクリの道が茨の道に見えてくる。


家に着いても誰も居ないことは知っている。

無機質に夕日に光る鍵を取り出し鍵穴へ入れ捻る。

ヒンヤリとした我が家は一人にはだだっ広い場所で今はあんまり好きじゃない。

数ヶ月前までは両親が居たけど今は二人して海外に転勤。

家事全般をしなきゃならない事が億劫であんまり自炊はしない。

制服を脱ぎ捨てソファーに座り、静寂に耐えきれずにテレビを付ける。


「………」


何にも思わない。
どんなニュースでも事件でも…
こんなにも無関心になってしまった。


「あー!ダメだ風呂入ろ!」


お湯を沸かしながらシャワーに打たれる。
冷えてた浴室が段々と温まり、湯気で鏡が曇り出す…

水滴を掌で拭うとそこにはヒドい顔した俺が写っていた…

「…何て顔してんだ…」

自分に心底腹が立つ。
何でこんなにも考えてしまうんだ…何で報われない…
恋なんて基本が単純なんだ…

好きになった人が自分の事を好きになる。

たったそれだけの事が上手くならない。

パズルのピースが当てはまらないのと一緒…



「……くっ」


ドンドンドカドカ…


「な、何の音だ?」


突如聞こえてきた不可解な音。まるで板を思い切り踏むような…ま、まさか…!

ガチャ…!

勢い良く開かれた浴室のドアから見えたのは…

「風呂に入ってたのかー、テレビ付けっぱなしだったぞ?」


「さ、さつき姉ちゃん…」


咄嗟に本能かはたまた反射的にか股間を隠してしまう。


「なーに、隠してんのよ。修一の何て昔から見てるじゃない」

「ばっ!昔と違うだろ!ドア閉めろよ!」

「はいはい…」

静かにドアは締まり浴室には静寂が漂った。


「はぁ…」

自己嫌悪…に襲われながらも風呂に浸かり、ため息なんか漏らしてみる。

リビングの方からは甲高い笑い声…

何かされる前に上がろう。
自分なりの解決策を胸に着替えリビングに向かったが、その解決策は水に流れ言葉を失ってしまった。


何でこの人は…こんな…リラックスモードなんだ…

片手にビール、机に散らかったツマミ、床に散乱した服。

「さつき…姉ちゃん…散らかしすぎ…」

「なによー、いいじゃない。いつもの事でしょー?」


紹介が遅れたがこのズボラな女性は向かいに住んでる幼なじみ、さつき…姉ちゃん。

俺の担任であり…俺が惚れてる人である。


何でこんな人を好きに?
多分、分からない人が多数だと思うけど、俺だって分からない。

でも、好きになったものはしょうがない…どこかに惹かれた。としか言いようが無い。

「それより、修一…あんた成績落ちたわよ。勉強してんの?」

「…してるよ」


本当はここ最近ロクに手付かずなんだけどさ


「あんたはやれば出来る子なんだから、頑張りなさい。分からない所は教えて…」

「やってるってば!」


思わず大声を出して我に帰る。

「……何?その態度?」


「…悪い。最近色々あるんだ。それで少し気が立って…」


言い訳が出来ない。
本当はさつきは姉ちゃんの事を考えて何て言えやしない。


「……そう、何かあったら相談しなさい」


「うん…ありがとう。俺、部屋に居るから」


同じ場所に居るのが気まずくて逃げるように自室に戻る。
ベッドに身を投げても考えるのは…やはりさつき姉ちゃんの事ばかり。
俺、どうしたんだろう…


「はぁ…さつき…」


「呼んだ?」


思考が停止した。
俺は今、何て言った?
それに対しての何の返事?


「ねーぇ、修一。私の事呼んだ?」


「………呼んで、ない」


「呼んだよね?」


「呼んでない」


そんな可否の会話が続いたと思ったらさつき姉ちゃんは急に黙り込んだ。


部屋には沈黙更には気まずさ、又しても居ずらくなった俺は逃げだそうとしてしまった。


「修一…私の事嫌いになったの…?」

思いがけない質問に心臓が跳ねた。


「…え?」


「何か私の事避けてる気がする…私、何か嫌われる様な事したかな…?」

徐々にさつき姉ちゃんの目が潤んでくる。
声を、言葉を紡げば紡ぐ程…
その量は増して溢れ出すのに時間はかからなかった。


「さつき…姉ちゃん…?」


「謝るから!気に障った事したなら謝るから…お願い、嫌われたくないの…修一には…」


もしかしたら正念場は今なんじゃないだろうか…?
今、この嫌でしょうがないモヤモヤを晴らす時では無いだろうか…?


「さ、さつき姉ちゃん…俺さ…好きな人が居るんだ…」


「………」


「その人の事考えると何も手に着かなくて頭の中にモヤモヤって霞がかかったみたいになって…嫌だったんだ。でも、いつしか不意にそのモヤモヤが恋なんだって気づいてさ…」


さつき姉ちゃんは何も言わずにただ両手で顔を覆って…泣いている


「でも、やっぱモヤモヤは嫌…だから晴らしたいんだ…」


ゆっくりさつき姉ちゃんに歩み寄る。そっと触れた肩はビクッと震え強張ってしまった。


「さつき姉ちゃ…いや、さつき。俺はさつきの事が好きだ」

「……え?」

両手を離したその顔は信じられない事を聞いたって顔。


「……わ、私?」


俺は力強く頷く。


「振られたっていい、自分の気持ちを伝えたかったんだ」


「私達…幼なじみで生徒と先生…」


「そんなの関係ねぇよ…!俺はさつきを好きになったんだ、幼なじみのさつきも先生のさつきも…全部、全部…!」


「…でも…」


「被れる泥なら喜んで被ってやる!それが俺の決意だ…」


「……バカ」


てっきり怒られたり流されたりする物だと思ってた。

でも、違った…さつき姉ちゃんは真剣に答えてくれた

「そんなカッコいい事…言わないでよ…今まで抑えていた気持ち…溢れちゃうよ…」


「……」


「私だってずっと想ってた…でも、年が離れてるし先生と生徒だしとか…色んな事が邪魔をして…言えなかった…」


必死に必死に…涙を拭えど溢れ出す涙は止まらない。


俺が泣かせた。


その嬉しさと戸惑い、初めて見るその泣き顔に憂いは無かった。

ただ、自分の思いを言えた喜び、二人の思いが同じだった悦び…
それが混ざった涙…


「さつき…」

肩を抱く手に力を入れ、引き寄せる。

「修一…?」


「大好きだ…」


そっと、ワレモノを扱うように優しくキスをした。


「…初めてのキスがさつきで良かった…」


「うん、私も…初めてが修一で良かった…」


「……え?さ、さつき姉ちゃん初めて…え、えぇ!?あれ…さつき姉ちゃんは美人でモテるから……あれぇ?」



「なに、パニックになってんの?ずーっと昔から修一が好きだったんだもん…か、彼氏なんて今日初めて出来たわよ…」


お互い恋愛は初心者。
それが分かった瞬間、二人は同時に笑い出した。

嬉しかったのか
楽しかったのか

それは分からない。


ただ、これからも今までと同じ仲良く付き合える。
それが分かってホッとした。


「あ、あのね修一…」








「もう一度…キスしよっか…」



顔を真っ赤にして言ってくれたさつきの事を愛おしくて…
今度は強く抱きしめた…
壊れるくらいに…






END

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ