書庫 分室

□ナツノヨノユメ
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「…はぁ…緊張するなぁ…女の子と二人なんて…」


そうブツブツと呟きながらやってきた近くのコンビニ。
ラインナップの乏しいのが痛手ではあるが、まぁいい。

並んでる花火を全種類一個ずつカゴに入れても妥当な金額。

レジを通し、コンビニを後にする。


「ただいまー」


リビングのドアを開けると、申し訳無さそうに座る高城。


「お、おか…えり…」


まだ気にしてんのか…
そう思った俺は半ば強引に彼女の腕を掴み家を出る。

「ちょ、どこ行くの?」


「川原」


目指すのは家の裏手の土手川。

夜はあんまり人が居ないから都合がいい。


いい具合の場所で立ち止まり、袋の中身を地面に散らかす。

「とりあえずコンビニにあった奴、全種類買ってきた。さぁ、何からする!」

自慢気にライターをカチカチする俺を見て吹き出した高城はゆっくりとロケット花火を手に取った。


「ロケットか…高城、分かってんじゃん!」


高城は小さく笑い、俺はその辺から拾ってきた空き缶に砂を入れロケット花火を突き刺し点火した。

甲高い音を出しながら花火は空高く夜空に消えて行った数秒後、どこかでパチャンと水に落ちる何かの音が聞こえた。


二人は調子に乗り、ロケットからスモークから手持ち打ち上げ…ありとあらゆる花火に火を付け、楽しんだ…


「はぁ、楽しかった!」

両手を大きく広げ、空に向かってそう叫んだ高城。

「何言ってんだ?まだシメが残ってんだろ?」


そう言って俺は袋から線香花火を取り出した。

小さな灯りでパチパチ弾ける線香花火。

その灯りに見惚れていると唐突に来る暗闇。

儚い灯りに見惚れてしまう。

儚いから美しいのかも…知れない…


「ねぇ…巧くん…」


「ん?」


「線香花火で勝負しない?」


「勝負?」


「うん、先に落としたら負け。負けた人は勝った人の言う事を一つ聞く…どう?」


「面白い…受けてたつ!」

袋を漁ると、丁度この二本で最後。

二人は息を合わせて同時に花火に火を付ける。

パチパチと炸裂する花火と異様な緊迫感…
少しでも動いたら負ける。
揺らさないように…

その時、少しではあったが微弱な風が吹いた。

人間にはそよ風でも、花火にしたら突風。

俺の花火はジュッと音を立てて消えていった…

慌てて高城の花火を見る、まだまだ元気に炸裂する花火とは裏腹に少し落ち込んでいる様な高城…


「高城?」

名前を呼んでも返事が無い。

「おい、高城!」

さっきよりも少し大きな声で、なおかつ肩も揺さ振ってみる。

「は!え?なっ…」

我に帰った様に高城は辺りをキョロキョロしていた。

「大丈夫か?」


「う、うん!大丈夫!何でもない…」


「あ、あのさ…勝負、私が勝ったんだよね…?」

「あ、あぁ…」


何を言われるかドキドキする余り、直立不動で立ち尽くしてしまう。

「それ、じゃあ…あの…その…」


徐々に赤くなっていく高城の顔。

「私と…」




「……何でもない!やっぱ言えない!」



一気に拍子抜けしてその場に倒れこんでしまう。


「は、ははは…なんじゃそりゃ…」


顔を両手で覆い隠す彼女は何だか愛らしく思えた。


「そろそろ戻ろうか?」

ゆっくり立ち上がり、散らかした花火を片付ける。


「そう、だね…」


ゴミを持った俺の少し後ろを無言で歩く。

それにしても高城はあの時何を言おうとしたんだろう…?

疑問を持ったまま家に戻ると既に日付が変わっていた。

「おい、高城…時間大丈夫なのか?」


「あれ…?言わなかったっけ?私の家、今日誰も居ないの」


「ま、まさか…泊まって行く気か?」


ソファーに鎮座する彼女は小さく頷いた。


「そうか…」


「ダメ…かな?」


「あ、いや!ダメじゃない!嬉しいんだけど…何か緊張しちゃって…」


既に俺の心拍数は異常値をマークしているだろう。


「何にも…しないよね…?」


「善処はする…」


またしても二人の間に静寂が訪れた。


テレビも付けずにただ時計の針が時を刻む音だけが聞こえる…

ソワソワと辺りを見渡し、何とも落ち着かない時間を壊したのは彼女だった。


「あ、あのさ!」


「何?」


「今晩…一緒に寝ない?」

衝撃的な提案だった。
自分の耳を疑いながら、彼女の表情を伺う。
顔を真っ赤にし、真剣な顔で俺を見つめる…
これは冗談じゃない。
そう感じとれた。


「い、いいよ…」


思わずそう応えてしまった。

俺は自分の部屋へ彼女と向かい、階段の一段がとても高い壁に見えてくる。


「ここが巧くんの部屋かぁ…」

物珍しそうに色々と物色する彼女を横目に彼女用に布団一色を床に敷く。

「もう寝るか?」


「ううん、巧くんがいいなら、少し話したいな…」


俺はベッドに座り、彼女は床に座る。


「そういえば、高城さぁ…前もウチに来た事あったよね?」


枕元の目覚まし時計をセットする。

「覚えててくれたんだ…?」

「まぁ、思い出したのはさっきなんだけどさ…あの時、確か…本、借りに来たよね。魚の図鑑」


「うん…」

どことなく嬉しそうに微笑む彼女。

「それで高城、その図鑑無くしちゃって泣いて謝りに来たよな」


「そ、そんな事まで覚えて無くていいんだよー!」


ぷぅーっと両頬を膨らませ、怨めしそうに俺を見つめる。

「実はな…」


俺は押し入れから一冊の本を取り出した。


「それ…まさか…」


「名前、書いてたからかな…近所の人が拾って届けてくれたんだ…」

彼女が無くした図鑑が今、俺の手にある。

「雨風に晒されて、すげぇボロボロなんだけどな…捨てればいいのに、何でかな、初めて買って貰った図鑑で初めて女の子と貸し借りした図鑑…」

「巧くん…」


ボロボロの表紙を優しく撫でる。

「色んな思い出が詰まってるから捨てられないんだろうな…」


そのままゆっくり机の上に置き、彼女の目の前に座る。


「だから、高城がもし今だに図鑑の事を気にしているんだったら…もう、気にしなくていいよ」

「うん…!」

初めて見る彼女の極上の笑顔に心臓がトクンと跳ねた…

「そういえばさ…さっきの勝負、何をお願いするつもりだったんだ?」


「…聞きたい…?」

俺は力一杯頷く。


「でも、その前に言い訳させて!今から言う事は…いつか伝えたかった事なんだけど中々言えなくて…だから勝負に勝ったらって逃げ道、作っちゃったの…」


「でも、そんなので伝えたらダメだって気付いたの。だから…聞いてください」

固唾を飲む。
緊張で痛いくらい喉が乾いている。
心臓の鼓動が段々早くなっていく…


「私と…付き合ってください!」


一気に俺の中で何かが爆発した気がした。

一瞬、目の前が真っ白になり、魂だけどこかに飛んで行ってしまったかと思った。


「考えて…くれるかな…?」


俺はパニックの余り、頷くしか出来なかった…



「………ふぅ」


部屋の電気も消し、二人共寝ると宣言して既に一時間。

高城はぐっすりお休み中の中で俺は眠れずに寝返りを打ち続けていた。

「…しゃあない」


我慢出来ずに俺は布団から飛び出し、台所へ向かった。
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