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□憧れより、憧れ以上
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また桜の季節が近づいて来た。

二人が約束を交わしたあの日から、もうすぐ一年。
俺は高校を卒業し、大学へ…

もちろん、約束の隣街の大学だ。
あの日の俺の学力なら到底受験するだけ無駄だった。でも、彼女と再会を果たすために今までとは別人の様に机に向かった。

そのおかげでなんとか合格し、後はあのバス停で彼女に会うだけ…


別れを告げてから、彼女とは一切関わっていない。
もしかしたら、来ないかも知れない…忘れているかもしれない……。

不安が先走りながら、俺はゆっくり、ゆっくりと坂を登っていく。

まだまだ桜の樹には蕾が付いてる程度で、今年は遅咲なんだとか…

ついに、坂のてっぺんに近づいた。

高鳴る鼓動、不安や期待が入り交じった心情…それはもう誰にも止められはしなかった。

頂上に足を付け、目線を降ろした。


「……あ……」

心臓が止まったのかと思った。

目を疑い、予想していたのに、その通りになった絶望。

バス停に彼女は居なかった…

苦笑いを繰り返し、フラフラとベンチに座る。


「そりゃ、そうだよな…あんな約束だし…」

会う時間も日にちも何一つ決めて無かった。

そのミスだけが今の希望。
でも、その希望だって…多分…

一時間…二時間…
時間は残酷なまでに早く進み俺を苦しめる。

多分、今日はもう来ない…そう諦めて立った時だった。

バス停の看板に一枚のメモ用紙が挟まれてるのに気が付いた。

「……?」

誰かのイタズラだろうと、その紙を引き抜きカサカサと広げてみる。


「……っ!」


書かれていた文字を読んだ瞬間、俺は走りだしていた。
その紙をポケットにしまい込んで…


「何で…っ、もっと早くに気が付かなかった!」


戒める様に走りながら自分を責める。

あの紙はただの紙じゃ無くて二人だけに分かる言葉が書いてあった。


『約束 桜 湖』

それだけを達筆で綺麗な字で…。

森を走り抜ける。
草木をかき分け、ただがむしゃらに…


どれだけ走ったかわからない。
もう、足がガクガクし、息をするのも辛い。

疲労困憊の中、たどり着いた湖。


湖の水面が揺れている…
畔で水を遊ばせている一人の女性を見た瞬間…心臓が止まるかと思った。

背景は違えど、あの日桜の下に居た長い髪を風になびかせている姿はまさしく彼女だった。


「………」

ゆっくり、ゆっくり。
スローモーションの様な速度で歩み寄る。
彼女の背面に辿り着いた時…

「遅い!」

ガバッと立ち上がり怒鳴った彼女。

「メモ用紙挟んでから何時間経ってると思ってるの!?」

「あ…え…?」

まさか、再会が怒鳴りから始まるなんて考えても見なかった。


「来ないかと…思ったじゃない…」


少し膨れっ面の彼女。
その仕草の一つ一つが愛おしく思える。

「ごめん…こんな事言うつもりじゃなかったんだけど…メモ用紙、見つけてくれないんじゃないかなって心配だったから…」

哀しそうな声で言った彼女を気付けば抱き寄せていた。

「ちょ、ちょっと…」


「久しぶり…元気だった…?」

観念したのか、彼女の身体からスッと力が抜けて俺に身体を預けた。

「うん…元気だったよ。君にもう一回会うために頑張って勉強した…」


「俺も…まさか自分が受かるとは思わなかったな…」

二人はお互い積もった話を一気に吐き出した。

言いたかった事、言えなかった事…また会えた喜びと共に…


「あの、さ…君に言いたい事があるんだ」

話も一つの区切りを付いた時、俺は言おうと決めた。

「何?改まって…」


積もった気持ち…積もった想いを言葉に乗せて…

「俺は君が好きだ…あの坂を登って君を初めて見た時から一目惚れしていた…」

「え…?初めて見た日って入学式…だよね?」

そう言われて頭を悩ませ記憶を探る。

確かに、彼女を初めて見たのは入学式の朝だった。

「私も…入学式の日のバス停で君に一目惚れ…してたの…」

同じ日、同じ場所で二人は恋に落ちていた。

そんな偶然…運命を感じない方が難しい。

「そう、なんだ…何か恥ずかしいな…」

照れ隠しに頬を掻いてみる。

「ふふっ…」

小さく笑いながら彼女は俺の唇を奪って行った。


「私も好きだよ…君の事!」


こうして、二人は再会した日に晴れて恋人になった。

「あ……」

一番、大切な事を忘れていた。

「ねぇ、君の名前は…?」







―――――――。



桜が咲いた。
今年も見事なまでに咲誇り、道行く人の足を止め視線を奪う。

風が吹くと花びらは舞い、笑い声の様に葉っぱが擦れ合う。

ほら、ここにも一人。


「優一!」

彼女がトコトコ歩いてくる。

「美咲…」


「どうしたの?急に止まって…また、桜見てたの?」
二人して桜を見上げ、その大きさに圧巻される。


「って!悠長な事してる場合じゃなくて!2限の講義始まっちゃうよ!」

時計をチラチラ見ながら地団駄を踏む。

「なあ、美咲…」


「何?」


「愛してるよ…」


彼女は俺の手を握って嬉しそうに走りだした。

桜並木の風景が流れていく。
風も心地よい。

俺と彼女は毎日をこんな感じで送っている。

まだまだ、これからの二人だけど…今はこれが幸せ。

ずっと…ずっと…この手は離さない。

どんな事があっても…


そう、桜に誓った。




『憧れより、憧れ以上』



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