書庫 分室

□憧れより、憧れ以上
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すすり泣く声が小さくなってきた。

彼女はグイッと俺の胸から押し退け、目頭を擦りながら微笑んだ。

「ごめんね…急に泣いちゃって…」

「俺の事は気にしないでくれ、君の力になれたんなら嬉しいからさ」

彼女はニッコリ笑う。
もう、その目に涙は無かった。

「やっぱ…優しいね…」

彼女は何かを呟いたけど、俺には聞こえなかった。


「そろそろ行こっか…?」
彼女のその言葉は何故か胸に刺さる。
ただ、頷くしか出来ない悔しさを抱いて俺は自転車に跨り、来た道を引き返す。
バス停に着いた時には既に日にちが変わろうとしていた。

「ここで大丈夫か?なんなら家まで…」


「ううん、大丈夫。すぐソコだから、気持ちだけ貰っとく…」


「ねぇ…」

彼女が言葉を続けた。


「また、会えるかな…?」

哀しそうに俺を見つめる瞳は何かを期待している目だった。

「会えるさ、明日も明後日も学校がある日なら毎朝ココで…言ってくれれば今日みたいにドコでも連れていってあげる。だから…」

彼女の長い髪に触れ、

「そんな泣きそうな顔、しないでくれ…」


「うん…っ」

涙を我慢し、無理に笑いながら去っていく彼女。
また、姿が見えなくなるまで立ち尽くしていた。





―――――――。




昨晩から考えている、と言うか気になる事がある。
あの、去り際の彼女。
何か引っ掛かる…
こう、モヤモヤとした…

そんなモヤモヤを解消出来ないまま、俺はいつもの朝と一緒の様に、坂を上っていた。

相変わらず…相変わらず?
ふと、坂の途中で足を止める。

「何か違う…」

何とも言えない違和感に襲われ、嫌な気分が身体を駆け巡った。

自転車を手で押しながら坂を登る。


「……えっ?」


頂上に着いた時、俺は目を疑った。

いつものあの場所に…


彼女の姿は無かった…


あの日から毎日同じ時間にバス停に顔を出している。
けれど、何日経っても彼女は姿を表さなかった…

こんな心配で不安な気持ちは初めてだ。
今すぐ会って話したい…また、彼女の笑顔が見たい。

気が付くと俺は彼女の面影を探す様にバス停に腰を下ろす。

いつも彼女が座ってる場所。

「そういえば、初めてだな…ここに座るの…いつもは見てるだけだったから…」

胸が締め付けられた。
ギュッと…呼吸が苦しくて、まるで心臓を握られてる様な感覚…


「っ……!」

その苦しさからなのか、会いたいからなのかはわからないけど、ツーッと頬を伝う雫。

「なんで…」

その雫に気が付いた時にはもう止められず拭いても次から次へととめどなく…

「止まれよ…っ」

意識とは裏腹に身体は正直だった。

もう拭うのは止めた。
無駄なんだと分かった。

だから必死に我慢した。
上を向いたり息を止めたり…

その時だった。
首筋に感じたひどく冷たい感触。

「うわぁっ!」

文字どおり俺はその場から飛び除けた。



「コーヒーで良かったかな?」


飛び除けた先、俺の前に立っていたのは缶コーヒーを差し出す彼女だった。

「あ……」

その突然の出来事に思考回路はショートし、何も考えられなかった。

「ん?いらなかった?」

ズイッと差し出すコーヒーを受け取ると、彼女は誇らしげに笑った。

自分が持っていたコーヒーのプルタブを開け、ベンチに座る彼女。

「久しぶり…だね?」

「うん、最近色々あってね…」

そう言った彼女の顔はどこか寂しげだった…


「今日はね…君にお別れを言いに来たの」

「……お別れ?」


それは急な出来事だった。彼女の親の都合で、この街を離れなければいけなくなってしまい、彼女も転校と言う形で街を去る事になった。


「突然でごめんね…」


「仕方がないよ…事情が事情なんだし…」

「うん…せっかく君と友達になれたのに…」


「友達…?」

俺の反応に少し驚いたのか戸惑いながら言葉を取り繕った。

「あ、ごめん…私、友達って居なくて…君が初めてなの、こんな楽しい気持ち…」

「そう、なんだ…じゃあ、友達だね」

ゆっくり手を差し伸べる。その手の意味を理解したのか、嬉しそうに握り返す。

「でも…さよならの握手…だね…」

ボソッと呟いた台詞に酷く心が痛んだ…


「もう会えないのかな…?」

「多分、ね…」


「進路とか決めてんの?」

「一応、進学かな」

少し俺は考えた。
でも、弾き出した答えは博打レベルだった。
でも、何かしたい。
彼女の為に…


「俺さ、隣街の大学狙ってんだ。だから、君も…もし可能なら…」


「考えても見なかった…」

何かをボソボソ呟く彼女。何かを決めたのか、真剣な表情で俺を見て一言。


「頑張る!」



また、固い握手を交わし、涙ながらに二人は暫しの別れを告げた…
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