書庫 分室

□卒業
1ページ/1ページ

春、三月。

街も人も春色に塗り替えられていく。

そして、出会いと別れの季節…


「人間は時として、やらねばならぬ時があると思うんだ」


屋上の片隅に座り込み携帯ゲームで遊ぶ俺に、数少ない友人が、そう意気込んで来た。


「そうだよなぁー、最強装備の俺がこのモンスターに負ける訳には行かないもんな」


カチャカチャとボタンを連打する俺は軽くあしらった。


「おい、聞いてんのか!?」



「聞いてるよ。男にはやらなきゃならない時があんだろ?」


その通りだ! そう叫びながら握った拳を空高く掲げた。


「春、三月。それは卒業シーズン!俺は…俺は…!
四葉先輩に告白する!」



「……で?」


ゲームの電源を切り、ポケットに忍ばせる。


「つー訳で、生徒会長を勤める四葉先輩率いる生徒会所属の君に一肌脱いでもらおうと…」



「よし、全力で断る」



俺は立ち上がり鈍った身体を伸ばす。


「あの生徒会長だぞ?そんな話、聞いてくれると思ってんのか?」


「容姿端麗、文武両道、才色兼備な四葉先輩…この学校の男子生徒で憧れていない奴なんていねーよ!だからこそ、男にはやらねばならぬ時があるんだよ!」



そう言いながら屋上を飛び出して行った。



「はぁ…」


溜め息を付きながら小さく頭を掻く。


「やっぱ、モテるんだなぁ…」



屋上のフェンスに指を掛けて校庭を見下ろす。


もうじき満開になるだろう桜並木を泣きながら突っ切る意気込んでいた友人。


「早っ…行って告って振られて…所要時間、5分もかかってねぇじゃねぇか…」


まだまだ肌寒い風を感じながら俺は空を見上げた。


「卒業か……」



自分に言い聞かせる様に呟きながら俺も屋上を後にした。



「居る?」


そう言いながら扉を開けた部屋は生徒会室。


「あ、春輝…さっきアンタのツレが私に告白していったぞ?」


「知ってますよ…泣き叫びながら走り帰る姿もね」



部屋に居たのは我らが生徒会長様一人。


「ま、生徒会長は人気ありますからねぇ…」



「…………」



無言のまま、生徒会長は俺に近づいて来たかと思えば、部屋の鍵を閉めた。


「春輝!二人きりの時は…!」


「あぁ、はいはい。分かってる。ちょっとした嫌味嫉妬だよ」


「ふーん…春輝でも嫉妬してくれるんだぁ?」


そう言って生徒会長は俺の首に腕を絡ませる。


「あぁ、友達でも…息の根を止めたくなるくらいにはね…」


「それ、怖いよ…?」



「冗談に決まってるだろ」


「それくらいに私を愛してくれてるんなら許すよ」



そう言ってニッコリ笑う彼女。


こんな会話が成立するのも、俺と四葉は恋人関係にあるからだ。

あの時も桜が咲きそうな季節だった。



「君!生徒会に入らないか?」


この一言から始まった。


入学式の日に、そう声をかけられ、名前も知らぬ彼女のその美しさと傲慢さに惹かれ俺は二つ返事で生徒会に入った。


業務は地味で疲れる仕事ばかりなハズなのに、元気良く音頭を取る彼女を見ていると、何故なのか…いくらでも頑張れる気がした。


いつしか、そんな彼女に俺は出会った時以上の想いを胸に抱いていた。


そして、二人の関係を繋いだのは彼女から。
そう、確か…場所はこの生徒会室。


「私は…君が好き、だ…」

顔を真っ赤にしているのは、照れているのか、それとも夕焼けが反射しているのか…

どちらでも構わない。
俺の答えは変わらないのだから


「俺も…ずっと好きでした…」


月並みな事しか言えなかったが、彼女はうっすらと目に涙を浮かべながら…

いつもと同じ笑顔を見せてくれた。


それが…二人の始まり。







「ねぇ、春輝?覚えてる…?」


四葉は生徒会長席に座り、机を撫でた。


「私達がここで結ばれてから…もう二年、なんだね…」


昔を懐かしむ様に、生徒会室を見渡し、座ってる椅子をクルクルと回し始める。


「その一 私達の関係を公にしない事。

その二 二人きりの時は先輩後輩の関係は無くす事。
その三 ずっと一緒に居ること」




「春輝…覚えてたんだ…」


そう、この約束は付き合うに当っての四葉側からの提示。



『せ、生徒会長と役員の恋愛なんて…バレたら困る!』


前に理由を聞いた時、彼女はそう言った。


「正直な話、そんな事言われたら長くは続かないんじゃないかって思ってたんだけど…いつの間にか俺は…四葉から離れられなくなってたんだよな…」



「当たり前でしょ?私が相手なんだもの!」


誇らしげにそう言った彼女。


「…卒業、するんだよな…」


「え…?そりゃ…するよ…私、3年だし…進学も決まってるし…」



「だよ、な…」


「寂しい?」



「そりゃ、今までみたいにこんな風に会う事が無くなるのは寂しいさ…どうにもならない事も分かってるけど、それでも…やっぱりね…」


ガタンと大きな音を立て椅子から立ち上がったかと思えば、早足で俺の前に近付いてくる。


そのまま彼女は俺に抱き付いてきた。


「四葉…?」


「私だって…寂しいよ…」

肩を震わせながらそう言った彼女の目には涙が溜まっていた。

そんな顔にさせてしまった自分の言葉。

俺はどんな答えを期待していたんだろうか…


それでも、泣かせてしまった俺は確かに此処に居た。


「ごめん…意地悪だったな…」


俺は四葉を抱き締めた。
優しく包み込む様に…


そんな風に1日1日と二人はお互いの気持ちを確かめる様な毎日が続き…



四葉の高校生活、最後の日がやってきた。


『卒業生、入場』


生徒会の人手不足の中。
会長直々の指導と指名により、生徒会長に抜擢された俺の一言で卒業生がぞろぞろと入ってくる。


俺は壇上から降り、生徒会用の場所に戻った。


校長の長ったらしい演説や、在校生の送辞。

卒業式と言うイベントは問題無く進行していった。


『続きまして 卒業生代表による答辞』


小さく返事をしたのは我らが生徒会長。


凛々しく美しく壇上にあがり、手に持った紙を広げ、長々と読み始めた。


四葉の口から飛び出す言葉に一番胸を痛めてるのは在校生でも教師でも本人でも無く…



俺だ。



溢れそうな涙を必死で堪え、平然を装う。



『い、以上を持ちまして…卒業式を終わります。卒業生、退場』


体育館が揺れる程の拍手と共に卒業生は出ていった。


続いて在校生も退場させ、俺は生徒会室に向かった。

誰も居ない静まる返った部屋が無性に悲しく思える。

いつもは四葉が座っていた席が今日から俺の席になる。

それが何だか寂しくて悔しい。


「どう?その席…?」


顔なんて見なくても誰で、どんな顔をしているのかがすぐに分かる。


「いい感じだぜ…この学校を支配した気分だ…」


「春輝らしい…」



「四葉、俺…決めたよ」



「え…?」



「お前と一緒の大学行く。後、一年あるんだ。何とかしてやるさ」



「春輝…?」



「毎日会えなくなるなら、俺が四葉の場所に行く。
お前が繋いでくれたこの関係を次は俺が繋いでやる…だから…一年待っててくれ」


何も言わずにただ俯いているだけの四葉。

何かを言い掛けて飲み込み、また何かを言い掛ける。


「浮気すんなよ…?」



「ズルいよ…春輝はズルい!何で…何でそんなにカッコいい事…言うの…?」


我慢もせずに溢れだした涙を拭いもせずにただ、俺に文句を言う。


「そりゃあ…俺が四葉の事を大好きだからだよ」



涙を流したまま、四葉は俺に抱き付いてくる。


「待ってる…ずっと待ってる…!」



優しく四葉の頭を撫でてやる。
ふんわりと甘い香りを放つ柔らかい髪。

ずっと触れていたかった。


「ねぇ…春輝…一つお願いしてもいいかな…?」


「何だ?」



「私、今日卒業で…この制服を着るのも最後なんだよね…」



「だから…」



四葉は制服のネクタイをゆっくりと解く。



「想い出…作ろ…?」





四葉の行動と言動にどんな意味があるのか、それは男ならすぐに分かる。



「鍵、閉めてくる」


照れながら俺から離れた四葉の頭をポンポンと手を置き、俺は入り口に向かう。

振り替えると顔を真っ赤にしている四葉が待っている。
掻く言う俺も有り得ない程に心臓が高鳴っている。









この後、俺達はお互いに初めての事をして、想いを深め合い


そして、

その後一年の俺のハードスケジュール。

二人の関係。

一年後の進学。










それはまた、別のお話…。











ガチャ…………









END

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ