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□一生のお願い
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「ね、隼人いいでしょ?お願い!」

彼女はいつもそう言って頼み事をしてくる。
昔からこういう奴だってわかっているし、こいつに頼まれて嫌な気はしなかったから今まで引き受けていたが、これは納得がいかない。

「この手紙、山本君に渡してくれるだけでいいから!」

懇願しながら両手で持つ小さなその手紙には、宛名とハート形のシールが貼られている。
どう見てもラブレターだ。
彼女があの野球バカと向かい合ってるところなんて見たことないし、そもそも挨拶や話なんてしたことないはずだ。
理由は、ずっと俺の後ろをくっついていたから。

イタリアから並盛へ越してきた俺を追うように転入してきたばかりの彼女は俺以外に知ってる奴なんていない。
クラスメイトの女子数人とは仲良くなれたようだが男子とは全く絡んでいない様子だった。
それなのに、目の前のこいつは手紙を握って頭を下げている。

「なんで俺なんだよ」

「だって、私、お話したことないし、隼人は沢田君と山本君とよく一緒にいるから…」

「俺もあいつと話したくねーし」

「隼人以外の男の子と話すのどうしたらいいのかわかんないし…ね、一生のお願いだから」

"一生のお願い"

これを俺は何度受けてきたんだろう。
今まで彼女のお願い事をなんだかんだ言いながら全て手伝ってきた。
それは嫌いなトマトが食べれないだの、重いもののおつかいを手伝ってだの、簡単なことだ。
今回も手紙を渡すだけで難しいことじゃないが、その手紙の意味を感じ取った俺は山本に手紙を渡したくなかった。
あいつが手紙を読んだら、彼女は離れてしまうかもしれない。
それは嫌だ。

「貸せよ、手紙」

「ありがとう!」

でも、俺はお願いを聞いて手伝ってしまう。
彼女の悲しむ姿は見たくないから。

「お前、送り主の名前ねーと誰からもらったかわかんねーだろ」

「あ、本当だ」

手紙をくるりと見回して渡すと、彼女は笑顔のまま踵を返していこうとする。

「ここで書けよ。すぐ持ってってやるから」

「私が勝手に書いちゃダメだよ、友達の手紙」

「は?」

「え?」

なんだそれ。
俺が心配してたことは勘違いだったのかよ。
安心したというより、ここまでの疲れがどっと押し寄せてきたのか盛大にため息を吐いた。

「隼人?」

俺の様子を案じて駆け寄ってきた彼女の、小さな身体に両手を回して肩口に顔を寄せた。

「一生のお願い、聞けよ」

「な、なに?」

「…好きだ、付き合ってくれ」

消え入りそうな声とともに抱き締めると、俺の腕の中でゆっくりと頷いてくれた。


一生のお願い



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